数年前ですが、古い中規模商業施設に高速LANを敷設する事になり、無線だけでは不安定だからという事で、元来TV共聴用途だった既設の同軸配線を活用した通信網の構築方式を検討しました。
対象施設には既に地元CATV局の双方向信号が来ていたため、親和性を考慮し、小型のCMTSを施設の共用部に配置、対象施設専用のDOCSIS信号を既設同軸網に相乗りさせる方式を検討したのですが、その際に最初からDOCSISと決めつけず、類似技術も比較検討した上で最適な技術方式を決めようという事になり、Home PNAとHD-PLCを合わせて検討しました。

HD-PLCは、Panasonic社が言葉通りのPower Line Communication即ち電力線LAN用途に開発・製品化した技術であり、OFDM変調された電磁波信号が通る何らかの誘電体構造があれば、電磁波伝搬の原理的には電力線でも同軸線でも電話線でも何でも動作します。親会社のPanasonic社から技術供与を受け、DXアンテナ社が同軸線用の応用製品として開発したのが「HD-PLC同軸線モデム」です。
本製品は、2~28MHzのOFDM変調で95Mbps(UDP)の実効速度を実現します。
OFDMの特長である多数のキャリアの分散配置により、特定周波数のバースト雑音入への耐性が比較的高いため、DOCSIS CMに良く見られるオンライン・オフライン状態の遷移を繰り返す所謂フラッピング状態に陥りにくく、スループットは変動しますが端末自体は割と死なず、そこそこ安定動作します。
このためユーザー心理的には、フロントLEDがピコピコ動くA-TDMAモードのDOCSIS CMよりは、一定の安心感を得られます。

結構いいなと思ったのですが、当時は採用を見送りました。
不採用の理由は、2~28MHzを占有されると、ただでさえ上り帯域がひっ迫しているCATV局との相乗りが困難になる事、及び、同製品はネットワークア-キテクチャー上の定義が純粋なL2でありIPアドレスを持たないため、DOCSIS CMのように常駐SNMP Agentを介したネットワーク監視やPingによる死活監視ができず、ユーザーが自分で設置・管理する分には良いが、事業者側の責任分界として遠隔監視・保守するには少々心もとない事、の二点でした。
前者の問題は、BEF(特定帯域を限定的に除去するフィルター回路)を開発・挿入する事で一応の対処の目途が立ったのですが、後者の問題は結構厄介で、製品自体をインテリ化する、ないしは後ろにルーターを置いてPingで見る、の二案を一応考えました。
流石に製品の中身に手を入れるのは無理だったので、安価な量産品ルーターの後段配置を検討しましたが、パーラインで数千円のコスト増、加えて施工性・保守性の低下、電力消費増などの諸問題を解決できずに結局断念、DOCSISに戻りました。

当時の検討結果の知見・ノウハウは、その後長らくお蔵入りになっていたのですが、最近IoTが世間様ではブームでして、集合住宅の要所に無線アクセスポイントルーターを配置、これらのルーターを既設同軸網ないしは電力線で結ぶ方式をご検討されていた某事業者様がひょんな事から我が社の過去の悪戦苦闘を知ったという事でご相談が来まして、そうなると以前に断念した検討が技術屋の引き出しとして再度活きてくる訳でして、久し振りに色々と楽しませてもらっています。

例えば、当時に設計したBEFを組み合わせれば、CATVとの相乗りもできる筈ですから、敢えて高価・複雑なDOCSIS3.1を棟内同軸網に適用せず、DOCSIS網はWAN側の施設共用部までとし、棟内は安価・単純なHD-PLC同軸線モデムで構築する方法も、現実的にあり得る訳です。
日本は米国と異なり、国策で光ファイバーが全国津々浦々まで(地域ムラはありますが)浸透していますから、HFC資産を使わざるを得ない大規模MSOを除けば、通信系サービスはバックホール部分を全てFTTHでPON化、既設集合住宅はDOCSISを介さずHD-PLCで収容という、いわば「脱DOCSIS」的な方向性も、割とありだと思います。
昨今のIoTブームが、業界全体がこういった事を改めて真面目に考える契機の一つになれば良いな、と思います。